アカデミー賞, クリス・ロック, ウィル・スミス

アカデミー賞ビンタ事件における日米議論で圧倒的に欠けている視点

♬Playlist of this Article 3月27日に行われたアカデミー賞授賞式において、ウィル・スミスがクリス・ロックをビンタした事件だが、アメリカでは連日新しい情報が出てきて2週間近く経った現在でも話題は尽きない。 この騒動についての日米の反応の違いが面白く、様々考えさせられることが多いのだが、本記事では日本における反応について、圧倒的に欠けている視点をご紹介したい。 ※注:かなり偏った立場からの独断と偏見とバイアスと憶測に満ちた意見ですので、話半分で読んでください。 ■日米の反応の違い<総論> 前提としての日米の反応の差は、下記記事などにとても分かりやすくまとめられているので、全体像の把握はそちらで確認してもらいたい。 町山智浩さん、3/29 TBSラジオ「たまむすび」出演回(書き起こし)町山智浩さん、水道橋博士の水道橋博士の異常な対談YouTube出演回猿渡由紀さん、東洋経済「『ウィル・スミス平手打ち』擁護に見る日米の差」) ここでは「熱狂的なクリス・ロック信者」いう、特に日本の方にはあまり馴染みのない角度・立場から思うところを述べたい。 ■違和感 ご存じの通り、日本においてはウィル・スミス擁護の意見が多いのだが、いわゆるザイオンス効果(単純接触効果)によるところも少なからず大きいように思う。 つまり、ウィル・スミスは「インディペンデンスデイ」や「MIB」シリーズ等数々の大作映画である程度見知っているが、クリス・ロックについては、今回のアカデミー賞で初めて知った人が大半だろう。 無意識のうちに比較的見慣れたウィル・スミスの肩を持つようになるのは自然な構図なのだ。そんな無自覚のバイアスがかかった正義感を振りかざした暴力的なコメントが多いのは少し危険なように感じる。 そこでせめて、そうしたバイアスを少しでも健全に中和させる意味でも、反対のバイアスのたっぷりかかった私の意見も読んでもらった上で、再び好きに正義感を振りかざしてウィル・スミスを擁護したい方はそうしてもらえると幸いである。 ■極度のクリス・ロック信者として 私は、特に日本人としては珍しい熱狂的なクリス・ロックファンである。 どれほど好きかというと、2016年2月末、当時卒業を控えた日本の大学生であった時に、クリス・ロックが司会を務めるからという理由で、アカデミー賞授賞式の開催されたLAハリウッドを卒業旅行の行く先に決めたほどだ。(行ってみて分かったことだが、)特に当日は会場のDolby Theatreを中心に数ブロック区画が完全に封鎖されていて関係者以外立ち入れないにも関わらずだ。とにかく、久しぶりのアカデミー賞司会という彼のハレの舞台を祝い、一緒の空気を感じたかったのだ。 クリス・ロックをどういう狂った経緯で好きになったのか、どういう点が好きなのかなどについては、ここでは語りつくせないし本題からそれてしまうので深くは立ち入らないが、彼のスタンド・アップスペシャルをはじめ、出演(声・ナレーション含め)映画・ドラマをすべて鑑賞し、YouTubeやネット上で拾えるインタビューなどを全部チェックし、出演したpodcastも全部聴いている。 2022年に予定している2種類のツアーのNY公演はいずれも今回のアカデミー賞騒動の前からチケットを抑えて楽しみにしていた。 ちなみにウィル・スミスも、いわゆる主要出演作はすべて観ているし、なぜか自伝も読んだし、いつも3話ほどで挫折はしてしまったものの出世作「The Fresh Prince of Bel-Air」も何回か視聴を試みるほどには好きということは念のために付け加えておきたい。 ■本題:日本の反応で欠けている視点 そんな極度のクリス・ロック信者である立場の私から、中継を観ながら真っ先に感じ、その後の日本における議論で圧倒的に欠けていると感じているのが、「にわとり社会のいじめ」の構図だ。 詳しくは、以下の心理学カウンセラーの方による記事を参照してもらいたい。心理カウンセリング空「自分よりも弱い者をいじめる心理」 「クリス・ロックが、同じく授賞式に参加していたアクアマン(ジェイソン・モモア)やロック様(ドウェイン・ジョンソン)だったら、ウィル・スミスは絶対ビンタしていない」 これは、アメリカでの反応で多かった意見の一つである。要するに大柄で筋肉隆々の強そうな男だったらウィル・スミスは手を出していないという意味であるが、割と本質を突いているように思う。 ウィル・スミスは、身長188センチで鍛え抜かれた身体であるのに対し、クリス・ロックは178センチと高さはあるものの見た通り、誤解を恐れずに言うといわゆる「もやし」体形だ。(この体形も幼少期にいじめられた原因の一つ) 私が中継を観ながら真っ先に持ったのは、こうした体格的な部分に加え、「あ、陽キャが陰キャだから殴っている」という感想だった。 小柄で学年で唯一の黒人であったクリス・ロックが子供時代イジメに悩んでいたということはドラマ「Everybody Hates Chris」などで、少なくともジェイダ・ピンケット・スミスが脱毛症に悩んでいる事実よりも知られているし(すみません偏見です。どっちもさほど知られていないかな)、これまた誤解を恐れずに言うと、クリス・ロックを見ただけでいわゆる「陰キャ」だというのは一目瞭然だ。コメディアンだからと言って子供のころからクラスを笑わす人気者だったわけではなかった。クリス・ロックは6-7歳の頃、コメディライターになりたいと漠然とした夢を持ち、図書館で「ユーモアの歴史」なる辞書のような本を読みふけっていたという変わり者だ。 対するウィル・スミスは、学生時代からスポーツ万能・MIT奨学金を得るほどの秀才と文武両道かつその持ち前のチャーミングな性格から後にドラマのタイトルにもなった「プリンス」というあだ名がつくほどの「陽キャ」だと言える。これまた見れば一目瞭然だろう。 勿論ウィル・スミスも「陽キャ」として子供のころからずっと順風満帆な生活を送っていたわけではなく、自伝でも述べているように、母親への虐待を続ける父親が何よりも怖かった、そして逆らうことができなかった。また、最近でも、家族ぐるみでスポットライトを浴びる中で批判にさらされることも多く、さらにはジェイダとの関係についても度々ニュースになっていた。当たり前だが、スクリーン上で見せるかっこいい・チャーミングな笑顔の裏で心に抱えているものは計り知れない。 だ・か・ら、今回のビンタ騒動は、「より弱い者に自分の怒りのはけ口として暴力をふるっている」ように見えたので残念だった。 極端な話、身長163センチながら完全に「陽キャ」なケヴィン・ハートだったとしても、ウィル・スミスは手を挙げていないように思う(これまた勿論完全に憶測)。クリス・ロックならビンタしても何も仕返ししてこないだろうというのが透けて見えたような気がした。その証拠に、ウィル・スミスはビンタした後にすぐに振り返り背中を見せた無防備な状態で立ち去っているし、その表情に「ふん。どうだ」という勝ち誇った表情をしている。そして、主演男優賞受賞のスピーチでは、「アカデミー賞関係者、ノミネートされた仲間に謝罪したい」と、死んでもクリス・ロックには謝らないというなんとも器の小さい悔しさを感じ取った。 勿論一番悪いのは、そもそもの暴力・いじめをした者に決まっている。しかし、会社・学校・家庭などで暴力・いじめにあった者が、そのはけ口をさらに自分よりも弱い者に向けて同じように暴力・いじめをしてしまう。まさしくイジメがなくならない大きな要因の一つである負のスパイラルの構図ではなかろうか。 日本では報道されていないようだが、今回の騒動(ビンタ、スタンディングオベーションで迎えられたウィル・スミス)を見て、「子供の頃のいじめのトラウマが蘇った」とトリガーされてしまった人が著名人・一般人に関わらずとても多いことは言及しておきたい。 最後にもう一つ視点を提供したい。 ビンタの後の何食わぬ顔での進行対応のすばらしさでクリス・ロックは絶賛されているが、これは本当にその通りだと思う。 コメディアンであり総合格闘技団体UFCで実況を務め自身も柔術黒帯のジョー・ローガンは、「クリス・ロックがちょっとでも柔術をかじっていたら、ウィル・スミスが背中を見せた瞬間に後ろから組み付いて締め落としていた可能性だってある」と冗談交じりに語っている。 これは実はあながち間違っていない。クリス・ロックはSNL時代の仲間のpodcastに出演した際に、こう語っている。 「最近まで自分が怒ることに恐怖を感じていた。最近になってセラピーでようやく克服することができた。子供の頃、7人兄弟の長男にもかかわらず弟たちよりも体が小さい自分は、弟が『クリス、○○にいじめられたんだよ、助けてくれよ』と泣きつかれる度に悩まされていた。そんな複雑な感情が募る中、ある日パーティでイジメられ女の子の前で辱めを受けた際に、家に帰った後に袋にブリキを詰めてそいつをそれで殴り返して、倒れた後も頭を踏みつけて半殺しにしてしまったことがある。」 何も体格・筋肉・格闘技経験だけが身体的な「ヤバさ」(肯定しない意味でもあえて「強さ」とはしない)を決めるのではなく、こうした「頭のぶっ飛び」具合もいくらでもあるということを忘れてはならない。最近物騒な事件が多発する日本においても十分に共感してもらえるのではないか。 そうしたことを考えると、可能性は限りなくゼロに近いが、今回ウィル・スミスにビンタされた後、そこらへんのマイクスタンドや観客席のシャンパングラスを片手に後ろからウィル・スミスを襲って大惨事になっていたという全く別のシナリオがあったかもしれないと思うとゾッとしないだろうか。 ■おわりに 前述の通り、私はクリス・ロックもウィル・スミスもどっちも大好きだ。今回は情報の少ないクリス・ロックファンという立場の視点を提供する意味でも、かなり偏った意見をあえて提供できたならば幸いだ。 クリス・ロックにも文句はある(例えが古い、味の占めた安い笑いに頼ったな、そこ行くなら少しリサーチしとけ、そもそも彼氏の方に行け、そういうとこだぞ など)のだが、何よりも、今回のジョークが引き金になったものの、ウィル・スミスが何か抱えているのは誰の目からも明らかなので、周りの者はしっかりケアしてほしい。 繰り返すが、どっちも好きなので、公私ともに早く仲直りして、いつの日かクリス・ロック司会の「Comedy Central …

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