SDGs MLB サブスク

【週刊 米国スポーツ&エンタメ最新SDGs事例 #2】 MLBストリーミングの大学生無料エンゲージメント

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【当シリーズについて】
近年話題のSDGs。対応に追われた企業では、「バッジをつけるだけ」「ホームページ上で既存取組の名前を『CSR』から『SDGs』に変えるだけ」の”なんちゃってSDGs”が横行しています。
2030年を過ぎてもSDGsブームは終わりません。なぜならそんな簡単に世界は変わらないから。名前は変わってもこの時代の潮流は変わりません。
それならば、本質的なSDGs策を考えませんか?
とっつきやすいスポーツ&エンタメ界のアメリカ最新SDGs事例を通して、SDGsのエッセンスを一緒に学んでいきましょう。


Contents

■MLBのストリーミングサービス「MLB.TV」

SDGs MLB サステイナブル

米メジャーリーグ(MLB)は、他のプロスポーツと同様に有料ストリーミングサービス「MLB.TV」を提供している。
MLB.TVでは、MLBのアウターマーケット(視聴者の地元以外で開催される)の全試合をストリーミングすることが可能だ。

シーズン試合だけでなく、ハイライトやオリジナル番組、オープン戦試合など様々なコンテンツが用意されている。
値段は、オールアクセスのプランが年間$129.99、または月$24.99の月額プラン、好きなチームの試合だけが観られる少しお得なプランが年間$109.99といったラインナップとなっている。

(MLB公式サイトより)

面白いのは、毎年8月になると、大学生向けのMLB.TV無料プランが発表される点だ。
4月~10月で実施されるシーズンの後半2-3か月(しかもプレーオフ進出などが決まる重要な2-3カ月!)が、本来月額$24.99のところ、大学生なら無料で観られるのだ。

アメリカの学校の新学期が始まる9月の時期に合わせて「Back to College」と銘打って実施される当キャンペーンは、スポーツ飲料のGatorade社やトレーディングカードのTopps社(MLBのトレカは22年からはFanatics社)によってスポンサードされている。

MLB公式サイトより)

■各社カーシェアリングの大学生優遇プラン

SDGs MLB サステイナブル

このキャンペーンを初めて知った時、私はタイムズカー社のカーシェアリングの大学生向けプランを思い出さずにはいられなかった。

ご存じない方のために説明すると、当社のカーシェアリングサービスは月額880円の基本料金+利用時間に応じた利用料金がかかるのだが、大学生のうちに入会すると、4年間基本料金が無料となるのだ。
入会後すぐに社会人になったとしても入会から4年間は基本料金がかからない。ざっと計算すると880円×12カ月×4年=42,240円がタダになる。

車を持たない都内の大学生にとっては、固定費ゼロでまさに「翼が授けてくれる」ようなサービスだ。
タイムズカー社に限らず大手のカーシェアリングサービスは似たような大学生優遇プランを展開している。

残念ながら、私はこうしたサービスを社会人1年目の時に知り、なぜ数カ月早く知ることができなかったのかと猛烈に後悔した記憶が残っている。

現役大学生の方は、MLB.TVの当キャンペーンやタイムズカー社などのサービスの有難みを感じることは容易だろう。
そうでない方は、ご自身の大学生時代を思い返してほしい。バブル期に大学生活を送った方以外は、「大学生」という時期は人生の中で実は最もお金が必要な時期ではなかっただろうか?

夢や希望にあふれ、豊富な時間がある中でやりたいこと/やらなければならないことが無限にある(そして実はその後の人生を大きく左右しかねないような自己投資も含む)一方で、自由に使えるお金がなけなしのアルバイト代くらいしかない、といった大学生が大半ではないだろうか。

私も自分の大学生時代を思い返すと、実家が特別貧乏ということではなかったが、とにかくお金が必要だった記憶しかない。

一番印象に残っているのは大学と並行して通った音楽学校の授業料を稼ぐために、夜間のコールセンターやホテルマンのアルバイトなどに明け暮れていたことだ。
昼は大学と音楽学校に通い、夜から朝まで夜勤のアルバイトをして、また大学と音楽学校やバンド練習に繰り返す日々を送り、しまいにはアルバイト勤務中にぶっ倒れ救急車で運ばれる事態にまでなってしまった。

早いうちに自分の体力の限界を知ることができたという意味ではよかったかもしれないが、まあとにかく大学生時代はお金が必要であったし、圧倒的に足りなかった

■大学生にとっては実質5,000円/月の負担を解消

SDGs MLB サステイナブル

もう少し客観的なアプローチで見てみよう。

ファンの高齢化が進むMLBのTV視聴者の平均年齢は57歳である。
57歳のファンにとってのMLB.TV月額$25は、20歳の大学生ファンのMLB.TV月額$25とはわけが違う。

20歳の$25(約2,848円)を37年後(57歳)の将来価値に換算すると、実に$43(約4,899円)(=25× (1+0.015)³⁷。米国10年国債利回り1.5%を金利として採用)となる。

あなたは野球のストリーミングサービスに月額5,000円払えますか?

MLBは大学生をこの実質月額5,000円分の出費から解放してくれているのだ。

別にこのようなややこしい計算をしなくとも、単純に収入の違いを想像すれば、その金額に対して感じる重みの違いが分かるだろう。

このキャンペーンは、MLBのファンエンゲージメントのライフサイクルの観点から見ても面白い。

上述のように、ファンの高齢化に悩むMLBはキッズ向けの施策に熱心に取り組んでいる。
MLBの公式サイトを見ていただければわかるが、様々なキッズ向けのプログラム・イニシアチブを精力的に展開している。

これらの施策のターゲットは野球少年少女であるが、そうした野球キッズたちも大きくなるにつれて大半は野球をプレーすることから離れていき、「昔ちょっとリトルリーグやってました」族になっていく。
こうした者はたまに野球場やTVで試合観戦をする程度には野球好きで居続ける。

ただ、反対にクラブラウンジやスイートボックス等いわゆる「MLBにとってお金を落としてくれるお客さん」になるのは、多くの場合もっと年齢を重ねてからのずっと先の話だ。

こうしたキッズと大人ファンの間に位置付けられるのが大学生である。

生活費は気にすることなく、何か出費があれば親にお小遣いをもらえばよかった高校生までとは違い、ある程度自分の生活のやりくりを自分の財布でしなければならなくなった大学生にとっては、野球が好きで観たいと思っても、そんな高額を払ってまで観るほどは余裕がない。そこをうまく付いた施策と言える。

こうして、キッズ(プレーして好きになってもらう)→大学生(心許ない財布を助ける)→大人(プレミアム感にお金を落としてもらう)といったように、ファンのライフサイクルの中のステージごとに適した施策を打つことで、サステイナブルなエンゲージメントをMLBは行っているのだ。

スポーツに限らず、いわゆるサブスク型のストリーミングサービスが幅広く展開されるようになってきた中、単なる一律料金ではなく、こうした中長期的なロイヤリティ育成を目的とした柔軟な料金体系がもっと増えてもよいのではと個人的に思う。


【スライドは👉こちらから無料でダウンロードいただけます。是非ご活用ください。】


Sho Kume 久米翔二郎

199 NYに本社を置くスポーツ&エンタメの経営/戦略コンサルティングファームTrans Insight のCHO (Chief Hustle Officer)。
1990年愛知県名古屋市生まれ。音楽専門学校MESAR HAUSエレキギター科/東京大学法学部卒、
戦略コンサルティングファームP&E Directionsの北米オフィス代表(NY)を経て、現職。
音楽/映画/格闘技/X Sports/スタンドアップコメディ/NY/Hustle をこよなく愛するサイコパス。