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【週刊 米国スポーツ&エンタメ最新SDGs事例 #4】NHLデビルズ×Prudential社のヘルメットロゴにみるSDGs差別化施策

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【当シリーズについて】
近年話題のSDGs。対応に追われた企業では、「バッジをつけるだけ」「ホームページ上で既存取組の名前を『CSR』から『SDGs』に変えるだけ」の”なんちゃってSDGs”が横行しています。
2030年を過ぎてもSDGsブームは終わりません。なぜならそんな簡単に世界は変わらないから。名前は変わってもこの時代の潮流は変わりません。
それならば、本質的なSDGs策を考えませんか?
とっつきやすいスポーツ&エンタメ界のアメリカ最新SDGs事例を通して、SDGsのエッセンスを一緒に学んでいきましょう。


Contents

■NHLニュージャージー・デビルズ×Prudential社の「Buy Black」プログラム

SDGs NHL BLM アイスキューブ

2020年5月25日に、ジョージ・フロイド氏が8分46秒間もの間、警察官に頸部を膝で押さえつけられ殺害された事件により、全米においてBLM運動がより一層強まったことは多くの方がご存じのところであろう。

スポーツ&エンタメ界においても、兼ねてから各々の組織や個人が掲げる「ソーシャルジャスティス」の文脈において、こうしたBLM運動の支援や人種間格差是正に向けた取り組みが活発化している。

挙げようとするとキリがないが、NFLの場合では、フロイド氏と同様に警察官の不当な暴力によって命を落とした黒人被害者の名前などを選手がヘルメットの後ろにプリントして試合をプレーすることを許可した2020シーズンに続き、2021シーズンもヘルメット裏に「Black Lives Matter」「End Racism」「It Takes All of Us」「Stop Hate」「Inspire Change」「Say Their Stories」の6つのメッセージのいずれかを入れることが認められている。
また、フィールド上のエンドゾーンに「It Takes All of Us」「End Racism」のメッセージが入っている。
そして、レギュラーシーズンの終盤のWeek 17-18においては、各チームのソーシャルジャスティスの取り組みを大々的に紹介することになっている。

同じヘルメットに関する施策で、NHLのニュージャージー・デビルズとPrudential Financial社が実施しているものがある。

従来スポンサー契約を結ぶPrudential社のロゴがヘルメット側頭部に入るのだが、30試合(シーズンは全82試合)において、当社はその枠を地元ニュージャージーの黒人経営企業に無償で譲り、その黒人経営企業のロゴが入る。(12/8の試合より、ミュージシャンのためのコラボレーションプラットフォームを提供する「RAZU」のロゴが入ったヘルメットが着用されることになっている)

説明するまでもないが、本来高いスポンサー料を払わなければテレビ中継もされる北米4大スポーツのNHLのチームのヘルメットに企業ロゴの露出ができないところ、そうした出費が難しい地元黒人経営企業の広告宣伝費をPrudential社が肩代わりしているという構図だ。

デビルズが推進する「Buy Black」プログラムの一環として行われている当アクティベーションは、一見すると同じヘルメットに文字やロゴを入れるという点で、前述のNFLの取組みと似たようなものに見えるかもしれないが、その性質は全く違うものだ。

■シリコンバレーの黒人スタートアップ経営者に聞く、ビジネス界のBLM支援の評価

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前職の戦略コンサルティングファームにおいて、日米の企業の相互海外進出やスタートアップ投資の支援をしていた関係上、ベイエリア(サンフランシスコ&シリコンバレー)の起業家と接する機会が多かったが、特に一人の黒人スタートアップ経営者の発言が強く印象に残っている。

ビジネスの世界においても高まるBLM支持・支援の風潮に対して彼は、「サポートしてくれるのはありがたいが、本当に大事な部分でのサポートじゃないと、サポート側の自己満足にすぎなく厳しい言い方をすれば、ありがた迷惑なんだよね。つまり、『お金』と『ポスト』をくれないと意味がない。」と極めて冷ややかな心情を吐露していた。

思い返すと確かに冒頭の事件当時、大企業はこぞって「BLMをサポートする」と公式に表明し、各社様々な黒人関連支援団体への寄付を公約するようになったが、とりわけ当時者の彼にしてみれば、企業のこうした動きは、社会構造的な問題を根本的に変えるような動きではなく、モメンタム・インパクトとしては弱いのである。

「お金」の部分でいうと、2020年の全米におけるスタートアップへのVC投資額に占める黒人経営スタートアップへの投資額の割合は、わずか0.6%だった。

また、「ポスト」の方では、2020年にFortune500企業の全CEOに占める黒人CEOの割合はわずか1%であった。

いずれも、黒人がアメリカの人口の約15%を占めることから考えると極端に低い数字だということが分かる。

だからこそ「『お金』と『ポスト』をくれないと意味がない」のだ。

ここで一つ紹介したいのが、伝説的ヒップホップグループ「N.W.A.」の元メンバーで、俳優・映画監督の他、バスケ3on3のプロリーグ「Big3」の設立者であるなど起業家としての側面も持つアイス・キューブ氏の発言だ。

2020年の大統領選挙の直前に、当氏がトランプ前大統領を支持していると大々的に報道され(どちらの候補も支持しているわけではないということを自身は後に否定)、黒人をはじめ全米のリベラル派に当時衝撃が走った。

それもそのはず、かつて「F*ck the Police」と声高々に歌い、反体制ムーブメントの象徴でもあった当氏が、BLM抗議者のことを「暴徒」と呼び一貫して警察組織を擁護するトランプ氏を支持するというのは俄かには信じがたいことであった。

しかし、その中身を理解すると、以上述べてきた文脈において整合性がつくのだ。

概要は以下の通りである。

  • アイス・キューブ氏は、そもそもトランプ側(共和党)もバイデン側(民主党)のどちらも、マニフェストにおいて掲げる黒人支援施策では不十分である、との立場
  • 自身が2020年8月に発行した、黒人の地位向上のための提言「Contracts of Black America」に対して、選挙を控えた両陣営は、人気者の当氏の影響力を味方につけるため、その意見を取り入れようとコンタクトを取り、それぞれ議論を交わした
  • トランプ陣営が修正マニフェストを発表。その中に、アイス・キューブ氏の当提言の核となる主張である「黒人コミュニティに5000億ドルの資金注入」が入っていることをアピール

アイス・キューブ氏は、トランプ氏支持と報道されたことに関して、Rolling Stone誌のインタビューで以下のように語っている。

“I really only care about [black Americans] getting capital and equity because we’re not even part of the game.”
(俺が関心あるのは、「黒人にキャピタルとエクイティが注入されること」の1点だ。そもそも黒人はゲームに参加することさえできていない。)

“They mean money going in a big old pot, and we still got to get our scraps from the bottom of that pot.”
(彼ら(両陣営)のやろうとしている施策は、大きな壺にお金を入れるだけのことしか意味しない。結局黒人はそのツボの底から欠片を自分たちで拾い集めないといけない。)

“[Joe Biden] has actually hurt us way more than Donald Trump. Donald Trump might have hurt our feelings, but this dude hurt our bodies and put people in jail.“
(バイデンは、実はトランプよりも黒人を痛めつけた。トランプは黒人の「感情」を傷つけたかもしれないが、バイデンは黒人の「身体」を痛めつけ牢屋に入れてきた(多くの黒人を収監することにつながった1994年の暴力犯罪防止・法執行法の立案を議員時代に主導))。

アイス・キューブ氏もまた、感情やシンパシーよりも、結果をもたらす「お金」が大事だと主張していることが分かる。

■直近のスポーツ&エンタメ界における黒人支援施策に見るSDGs施策の在り方

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以上を踏まえて、スポーツ&エンタメ界における直近の施策を上図のように整理することができる。

見ていただくとわかる通り、同じヘルメットにロゴ・文字を入れる施策であっても、真に黒人にとって価値のある枠組み(の一例)を基にそれぞれ当てはめを行うと、NFLの施策はその他に分類される一方で、NHLデビルズ×Prudential社の施策は、本質的なポイントをとらえたものであるということができる。(もちろんNFLの施策を否定しているわけではない、莫大なリーチを生かした問題の周知徹底もそれはそれで重要)

これは何もアメリカの黒人支援施策に限ったフレームワークではない。日本企業における他のSDGs施策ついても十分に活用できる考え方である。(念のため、もちろん人種問題を他の問題と同様に語って良いということでは決してない)

つまり、企業が自らの評判や事業に資するかという観点だけでなく、対象となるイシューにとって真の価値を提供するソリューションとなるためにどのような要素を備えた施策であるべきなのかを考え抜くことが必要になってくる。

こうした思考に基づいた本質的な議論・検討ができれば、割く費用の大小にかかわらず、真にインパクトのあるSDGs施策の実施も十分に可能となるのだ。


【スライドは👉こちらから無料でダウンロードいただけます。是非ご活用ください。】


Sho Kume 久米翔二郎

NYに本社を置くスポーツ&エンタメの経営/戦略コンサルティングファームTrans Insight のCHO (Chief Hustle Officer)。
1990年愛知県名古屋市生まれ。音楽専門学校MESAR HAUSエレキギター科/東京大学法学部卒、
戦略コンサルティングファームP&E Directionsの北米オフィス代表(NY)を経て、現職。
音楽/映画/格闘技/X Sports/スタンドアップコメディ/NY/Hustle をこよなく愛するサイコパス。